ハイパーリバ邸もそこにいる人たちも、昼夜の月のように多様な側面を持っている

夜月

こんにちは、パラベル(@parabell_life)です。

個人ブログが長い長い準備中のままなので、こうしてブログ記事を書くこと自体が久しぶりです。

一周して、何だかちょっと新鮮な気分すらありますね。

閑話休題。

ハイパーリバ邸を外側から見ていると、WebやSNSで話題を集めながら、ギラギラのバリバリ、前のめりに攻めて活動している……そんなイメージが先行するのかなと思うことがあります。

この件は設立以前からの懸念事項だったので、ふわっとした話を書きます。

ハイパーリバ邸は「弱っている人」ほど駆け込めない?

看板に「駆け込み寺」と掲げてはいても、これまでに訪れた人たちは比較的エネルギーのある(ように感じられる)人が多く、既にやりたいことが決まっていたり、単に打ち合わせやイベント参加のための来訪だったりと、総合的には駆け込み成分が薄めだったと感じています。

駆け込む必要のある人自体が少ないのだとしたら、それはそれで喜ばしいことですが、実際は「必要としている人への訴求ができていない」のだろうと考えています。

例えば、

  • 将来に漠然とした不安を感じている人
  • 悩みや考えを持っていても誰にも話せずにいる人
  • とてつもない重度のコミュ障の人
  • 限界に片足を突っ込んでいるようないかにも精神的に危うい人

のような人たち。

後半は、訪れたとしてしっかりと力になれるかといえば、それは未知数ではありますが。

イベントを企画して、参加して、メディアや新しいサービスを立ち上げて、積極的に発信しながら結果を作っていく――そんな目に見えやすい活動的な側面が、皮肉にも駆け込み寺を必要としている人にとっては「駆け込みにくい」だとか「自分が駆け込んでもいいのかな」と印象付ける原因になってしまっているのかもしれない、と。

ハイパーリバ邸にいる人たちにも多様な側面があるということ

ハイパーリバ邸住民、それは一般的とされる生き方ができずに、あるいはその生き方を避けたいがために、「これから」を変えようと模索する個人の集まりです(例外もいますが)。

自分で仕事を作って生きていけるように、ブログで、SNSで、イベントで、作ったサービスで、行く先々で、ここにいるんだと精一杯発信している、言ってしまえばただそれだけのどこにでもいるはずの人たち。

人並みに喜び、悲しみ、笑って、泣いて。

全然気にならないと強がりながら、実は誰よりも心の弱さを抱えているあの人。

ブログでは尖りがちだけど、面と向かえばおっとりさんのあの人。

しっかりしているように見えて、心配になってしまうほど詰めの甘さに定評のあるあの人。

夕月

WebやSNS越しに見えている姿がその人・その場所のすべてだということはなく、昼夜でまったく異なる姿を空に浮かべる月のように、多様な側面を持っているということ。

良くも悪くも「思っていたのと違う」ということは、きっとある。

それはハイパーリバ邸そのものも、ハイパーリバ邸にいる人たちも、そしてもちろん今これを読んでいるあなたも、同じことです。

だから、そう、ちょっと月でも眺めるような気軽さで、ハイパーリバ邸へおいでませ。

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