設立から1年、辿ってきた道と管理人の引き継ぎ。

こんにちは、ハイパーリバ邸の管理人「ぼり」です。

先日ぼく個人のブログ記事にて投稿したのですが、7月いっぱいでハイパーリバ邸を離れることにしました。

女子高生みたいに感情が揺れ動いている面は、ぼく個人のエッセイにて書き起こしました。
いつだって寂しい思いをするとわかっている、それでも先へ進む。

残すところが1週間を切り、まあ、なんか改めて、色々と寂しくなってきてます。

ハイパーリバ邸のこのブログ記事では、クラウドファンディングで多くの方に支援を頂き、昨年の夏の設立と共に活動してきたこの1年の活動を、当時ぼくが感じていた気持ちを含めながら、ちょっと振り返りたいと思います。

クラウドファンディングの達成と立ち上げ

ハイパーリバ邸は昨年の夏、クラウドファンディングを通して多くの方の支援によって設立しましたhttps://camp-fire.jp/projects/view/7679

現金での支援を含めれば、支援者の数は200人を超え、190万円強の支援をいただくことができました。
人生で初めて挑戦したクラウドファンディング。
スタートした瞬間、支援をいただけた喜び、達成した瞬間の喜び、プロジェクト期間が終了したとき、1年経った今も強く記憶に残っています。本当にありがとうございました。

ただ、ぼくは他のメンバーの圧倒的な結果に対してかなり申し訳なさを感じていました。なんというか、本当にみんなすげーなーって思ってたので、このメンバーの中に自分がいるのがちょっと申し訳なかったというのが、その当時の正直な気持ちです。

入居

入居してから、建物自体が若干傾いてることに気づきました。今は慣れちゃって、なんだかこの違和感が心地いいです。住めば都とはこのことか。

入居した当時はまだリビングにクーラーもついておらず、真夏の太陽が照りつける中、汗ダクダクに流しながら引っ越し作業を行い、入居しました。

 

クーラーのない部屋で窓を開けて引っ越し初日を祝って缶ビールを飲んでたら、盛り上がりすぎて近所の方に速攻でクレームを入れられたのも、今となってはいい思い出です。(これ以来一度も怒られたことはありません)

多くの方の印象に。「壁面アート」

はじめて訪れた方が、この壁画を見て「あ、よく見るやつだ!」って記念写真を撮ってくださったりするのは、なんだか嬉しかったです。

この壁面アートは、当時まだ美大生だったカスミさんが描いたもので、クラウドファンディング支援者全員の名前がリビングの壁紙に記されています。

カスミさんはその後大学を辞め、起業し、 制作会社EMOGRA.inc代表をなさっています。

 

ハイパーリバ邸のリビングに入ったら、まず最初に目につく「虎」。ここには創設者宮森はやとの想いがあります。

 

個人で戦う事ができる人間が力を合わせることでシナジーが生まれる

百獣の王といえば「ライオン」です。ですが、ライオンは群れて行動し、単体で生きてはいません。そして虎は1匹で行動します。

ハイパーリバ邸にいるメンバーはみんな個人としての意思や力を持っています。
そんなメンバーがシェアハウスという場を通して、必要なときに力を掛け合わせることができれば、1人では達成できない相乗効果が生まれる。

そんな願いを込めて「虎」が描かれています。

壁に絵を描くなんてことも、なんだか悪いことをしてるみたいでめっちゃ楽しかったです。

個人の料理人として、本格的にチャレンジ

この頃から個人の「店を持たない板前」として、出張料理の仕事を始めました。といっても最初から仕事がもらえる訳がないので、「出張まかない」と題して、お伺いしたお宅の冷蔵庫の残り物で「まかない」を作るという企画をブログでスタート。

自分個人で仕事に対して対価を頂くということに自信がなかったので、まずはamazonのほしいものリストから何か一品くださいって企画でした。

これがちょこちょこ話題になって、ありがたいことに愛知県までお声掛けいただき、実際にお伺いしてきました。

そんなこんなで少しづつ個人として料理を作ることに慣れてきたところで、大失敗。イベント出店にて豚の角煮を100人前余らせるという大失態を犯しました。

「ハイパーリバ邸にて1日限りの投げ銭角煮食べ放題パーティーを開催します」とブログ記事に書いたところ、Facebookでめちゃくちゃシェアされて、ぼくのiPhoneの通知が鳴り止まない状態に。

結局1日で角煮は全てなくなりました。本当に助かった…これからしばらくは「角煮の人」と呼ばれる日々が続きました。笑

ほんと、こんな失敗をしてばかりです。

年が明けた頃には出張料理人としてちょこちょこと依頼を頂けるようになっていました。

設立3ヶ月、創設者みやもりはやとの離脱

設立から3ヶ月、創設者の宮森はやとが気を病み、実家のある石川県へ帰省。

帰省前日、最後の晩に2人で飲みに行きました。なんか色々話したとは思うのですが、あんまり内容は覚えていないです。

ただ、「ありがとう」と伝えたことだけは覚えています。

ちなみに、宮森はやととぼくは中学校の同級生です。

また、ハイパーリバ邸入居前はぼくのワンルームのアパートで一緒に生活をしていたのですが、基本的にケンカばかりしていました。

そんな彼との関係は今でも、ゆるく、たまに会えば変わらず意見はぶつかりながら、なんだかんだ続いています。

 

とにかく知ってもらう為の日々

創設者、宮森はやとの脱退後はパラベルとぼりでの共同管理体制での運営がスタート。

このときの自分はかなり必死で、「宮森はやと」という看板みたいな存在がいなくなったことで、まじでハイパーリバ邸がやばいと感じました。

しばらくの間は知ってもらう為に、毎週のようにリビングでイベントを開催。

【出張費無料】自宅で「パーフェクトビール」が飲める幸せを

ハイパーリバ邸にて「肉会」が復活しました。

こうしてイベントばっかり主催してたら「ハイパーリバ邸ってぼりのイメージが強い」って言われることが増えてきました。

でも、その時に感じていたのは、やっぱり「ハイパーリバ邸は宮森はやとが設立したものだよ」ってこと。

彼がいなければここにこの場所はなかった。それは間違いのない事実です。

この事実はぼくからの言葉でこの記事に書き起こしたかったです。

多くの方からの支え

ハイパーリバ邸は設立からほとんど、お米、水、を買ったことがありません。

その全ては支援をしてくださった皆様や、訪れてくださった皆様からamazonほしいものリストからのプレゼントです。

リストからだけでなく、野菜や実家のお米、家具なども頂いたりしています。

人との関わりで成り立っているシェアハウスであることはこの1年間、ずっと感じています。

本当に、本当にありがとうございます。

ぼく自身もこれからハイパーリバ邸と距離は離れますが、一番の応援者でありたいし、こまったことがあったら力になりたいです。これまでみなさんが助けてくださったように。

 

リバ邸忘年会での登壇

昨年末、リバ邸忘年会で登壇させて頂きました。その時の様子はコチラの記事に。

【リバ邸忘年会を終えて】ハイパーリバ邸のこれまでとこれからと

それまで、他のリバ邸との交流がなかったハイパーリバ邸でしたが、この忘年会を通して横のつながりができました。

その後リバ邸の懇親会をハイパーリバ邸で開催したり、片倉さんという方がハイパーリバ邸に訪れたことがきっかけでリバ邸茨城の発足が決まったりと、ハイパーリバ邸単体での活動というより、どんどん大きな「輪」になっていっているような感覚でした。

家入さんの想い

「月3万円で住めるシェアハウスが都内にあれば、もっともっと夢を追う若者が生きやすくなる」登壇の場でそうお話していた家入さん。
リバ邸が目指すところは社会に生きづらさを感じる人が立ち寄る「現代の駆け込み寺」です。

また、住民はリバ邸を「自由なアウトプットの場」として活動していってほしい。そんな願いをハイパーリバ邸ではぼくたちなりにそれぞれ1年間実現してきました。

ぼく自身、板前をやめてからの1年間、料理サロンの運営や出張料理、イベント主催、クラウドファンディングの挑戦など、本当にいろんなことに挑戦したし、この活動はハイパーリバ邸がなければ実現しなかったものだと実感しています。

人はたまたまの「きっかけ」で大きく変わるものだし、そのきっかけは自分だけで掴めるものじゃない。だからこそ、ハイパーリバ邸という場所が住民や訪れた人のきっかけになるのがすごく嬉しいです。

家入さんに頂いた言葉

ハイパーリバ邸は、知ってもらう為のイベントを毎週のように開催していた為、認知は確かに増えました。しかし、同時に駆け込みたいと思う方が「わたしなんかがお伺いしてもいいのでしょうか」という言葉をいただくようになってしまった。

知ってもらう為に活動を拡大すればするほど、ハイパーリバ邸を知った人が足を運びにくくなる。そんな状況についての悩みを家入さんに相談したところ、帰ってきた答えがこの言葉です。

「ハイパーリバ邸が違うと思ったのなら、その人が自分の思うリバ邸を立ち上げればいい。自分たちがどういった活動をしていきたいのかを大切にすればいい」

 

この考えはリバ邸だけに収まらず、ぼくの考え方の大きな指針になりました。

 

コンパを記事化して炎上

急に暇人が集まったので、「記事化されますけどハイパーリバ邸のメンバーとコンパしませんか?」ってSNSで呼びかけて開催されたコンパをブログ記事にしたら炎上しました。

シェアハウス男性陣の合コン(7時間)がエグすぎてもう家に帰りたくない

単なる遊びだったのですが、コメントとして、こんな声があがりました。

 

「なんのために支援をしてもらったシェアハウスなんだ」

 

言いたいこともわからなくはありません。

ただ、この場でしっかりとぼく個人の意見としてお伝えさせていただくとすれば、支援をして頂いたからと言って、支援者の方の為に生きているわけではありません。

ハイパーリバ邸を取り壊しますとか、支援を頂いたお金でこんなことをしたいとか、そういったことは、状況によって出資して頂いた方にお伝えしたり、相談したりする必要はあると思います。

でも、ぼく個人がどう行動するかを人に決められる必要はないと思っています。

先ほど書いた通り、ハイパーリバ邸が思ったのと違ったのであれば、その方が自分の思うリバ邸を作り、自分の思った通りの活動をしていけばいいんじゃないかなって。

ハイパーリバ邸での1年を通して学んだこと

ぼくは、料亭という看板に守られず、一個人の「ぼり」という看板で活動をはじめたとき、まず最初に自分はとことん「料亭という看板に守られていた」ということを痛感しました。

そんなのちょっと考えればわかることといえばそれまでなのですが、ぼくは実際に体験しないと勉強しない、なかなか効率の悪い人間です。

そんな人間が、リバ邸の掲げる「自由なアウトプット」にとことん挑戦することで、何者かになれたのかはわからないけど、1年前よりずっと自分が「何者なのか」を知ることができました。

最初は友人にも「なにやってんの?」って言われたけど、「そんなのこっちだってよくわかんねーよ」って言いたくなるくらいには、色々と迷いました。
「この歳になって」と思うかもしれない。けど、今じゃないとダメだった。今が一番若いんだから。

この1年間の慌ただしさや失敗、たまの成功は全てぼくの人生の大きな一部になりました。

めっちゃ大変だった(現在進行系ですが)けど、超楽しかった。

この場所に縁あって関わることができたこと、本当にありがたく思います。

メンバーのみんながただここにいるだけでもずっと元気が出たし、一人だったら絶対潰れてた。普段直接こんなことはなかなかこっぱずかしくていえないのですが、本当に感謝しています。ありがとう。

共同管理人のパラベルさんにはだいたい怒られてた気がしますが、ちゃんと俯瞰してぼくのことを一個人として、間違っていると思ったときはストレートに言葉にして伝えてくださったことで、何度も何度も気づきをもらいました。本当にありがとうございます。(Twitter上でよく強めの発言をもらっていますが、険悪ではありません)

そして、宮森はやと。最初に声をかけてくれてありがとう。いまだに散々言い合いをしていますが、本当に感謝しています。

 

今後に引き継ぎたい想い

ハイパーリバ邸で共同管理人を務めたパラベルさんも、7月を以ってハイパーリバ邸を後にし、高知へ移住しました。

ちょうど1年を境に、管理人の入れ替わりが重なったので、実質的に「次の世代へ運営を引き継ぐ」形になりました。

創設からこれまで管理人を務めてきた人間として、すごく色々と思い入れがあるのですが、絶対に足枷にはなりたくないので、運営方法に関しては一切関与せず、今後はこれまでハイパーリバ邸に関わってくださったみなさんのように「サポート」という形でハイパーリバ邸と関わっていきます。

今後、この場所で活動していくメンバーにはリバ邸のコンセプトの通り「自由なアウトプット」をしていってもらえれば、幸いです。

ここで、次のハイパーリバ邸を作り上げていく家族を紹介させてください。

ハヤテ(次期ハイパーリバ邸管理人)

*Twitter自己紹介文より引用
月間70,000PVの【かぜとなれ】というブログを運営 / AB型 / ミスチル / 映画鑑賞 / バスケ / ギタレレ / 大学4年に中退→半年間の俳優活動→横浜から20日間かけて沖縄までチャリで移動→半年間コテージなかどまり管理人→横浜に帰省→不可能を可能にする生き方を追求する

暑苦しすぎるくらいに暑苦しいハヤテ。ハイパーリバ邸設立当初より訪れ、ずっと自分自身の人生を模索し続ける。
心優し過ぎる面は正直心配だけど、人を大切にする想いと、事実はわからない上での「童貞臭さ」が絶妙。

Twitter→疾風(はやて) 😁職業=自分

まなみ

*Twitter自己紹介文より引用
北海道出身 都内在住/看護師4年目 オランダ式訪問看護/都内某所でホステス嬢やってます/2017.1〜ブログ【毒吐き女のぼやき】(http://www.manamin625.com )運営中💡【note】始めました(https://note.mu/manamin625 )ブログほどまとまらないこと書きます

ブログを書き始めてからずっと、自分のこれからの身の振り方を模索。
現在は出身地である北海道に誰かの「居場所」となる拠点を作るという目標を定め、ハイパーリバ邸にて自分の目指す「拠点」は何なのかを見つける為に活動。

Twitter→まなみ@はてなブログ

先ほど申し上げた通り、新しい風となる2人がまたこれからのハイパーリバ邸の「空気」を新しく作っていってほしいし、その上で絶対に「足枷」になるようなことはしたくない。

もし何か手助けが必要だってときには必ず駆けつけるし、いつだって頼ってほしい。

そんな想いも込めながら、この「拠点」を後にします。

 

さいごに

たまに立ち寄ったときは「ただいま」と言わせてほしい。

無理なのはわかっているけど、できればずっと、誰かの「居場所」として「ここ」にあってほしい。

それがぼくのわがままな気持ちです。

 

これが、立ち上げからこれまでの1年の軌跡、そしてぼくの想い入れです。

今後とも、新しいハイパーリバ邸をよろしくお願いいたします。

以上、ぼりでした!

 

 

あ、今後のメンバーに応援の品とか頂けたらすっごく喜んでくれると思うので、よろしければぜひお願い致します!!!!

ハイパーリバ邸のamazonほしいものリスト

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